詳しいプロフィール・Sepoについて

大人しかった中学時代から高校生活へ。

中学時代は友人がいなくて1人で漫画を描いてみたり、登下校もずっと1人で空想をしながら帰ってました。今日の晩ご飯は何だろう、唐揚げだったら良いなぁとか。家族事情も少し複雑だったので、気づけば中学時代までの私は1人で時間を潰すのが上手くなっていました。

その影響から、ひとりで集中出来る美術部だった私は高校にて心機一転、何か正反対なことをやってみようと思い全く未経験の陸上部に入ることに決めました。3年間の間、引退するまで常に大会では最下位層をキープし続けていたへっぽこ選手でしたが、それでも自分が一生懸命になれるものを見つけたことは1つの宝物です。一生とも呼べる友達も出来ました。

今思えばこの時の行動(未経験で不安だったが、とりあえず目の前の新しい世界へ飛びこんでみる)が現在の自分の行動力の原動力になったのかもしれません。一流のアスリートには決してなれませんでしたが、少なくともひとつ行動を起こすことで目の前に広がる世界は目まぐるしく変化するかもしれないという事実が分かりました。

元々食に興味があった大学生時代

父や母の作る美味しい料理が私が食に興味を抱く原点だった

私の父親は料理や釣りが得意で、母が病気で休んでいる間も美味しい料理を私に沢山作ってくれました。和歌山の沖で釣ってきた新鮮な太刀魚を捌いたお刺身、自家製ソースにじっくりオーブンした照り照りとしたスペアリブ。土鍋でグツグツ赤味噌と一緒に煮こんだ、ツンと味噌の香ばしさが印象に残る牛すじとコンニャクの土手鍋…。

いつしか父の影響で、私は美味しいご飯を食べることが1番の自分にとって生き甲斐となっていました。

そして高校時代の部活の影響も相まり、スポーツ選手の栄養指導や食に関することをもっと学びたくて管理栄養士の国家資格がとれる大学へ進むことを決意したのです。

社会人になり海外への興味を少しづつ抱きだす

台湾・台北の屋台通り
台湾の屋台で見かけた健康療法?の光景。笑

大学で管理栄養士の資格を取得し卒業後、私は地元大阪のメーカー会社に新卒で勤務しました。管理栄養士という資格を持ちつつも私が赴任した部署はなぜか人事部。その中でも私の業務は給与計算や社会保険業務に関わること。こうして私の社会人生活が始まったのです。

新卒で入った会社で私にとって初めての上司にあたる人は最初は厳しくて怖い人でした。でも長く一緒にいる時間が増えると実は緩くて理解のある人なことが分かってきたのです。普段は原則定時に帰宅・休暇をしっかりとるし、有給も無駄にせず使い切る人。なので私も同様に休暇を取らせてもらえて年末年始には台湾などの海外旅行へ行ったりしていました。ちなみにこの休暇先の滞在国として初めてのヨーロッパ旅行にベルギーを選んだことが、私の人生を大きく変えることになるのです。

初めてベルギーを訪れる

まだOLとして働いていた頃、ヨーロッパへ行ってみたい願望がむくむくと湧いてきて初めて渡航した国は大国のフランスでもなくドイツでもなくその2つの国に小さく挟まれたベルギー。9日間の休暇を丸々使ってブリュッセル、ブルージュに滞在しました。

空港から地下鉄で市内に移動して、初めて地上にでた時の幻想的な粉雪と初めて見るアールデコ調の高くそびえ立つ教会。一瞬呼吸が止まる程の幻想的な美しさ。まさかこの先、ベルギーとの出会いが私にとって大きく運命を変えるとはこの時は想像していませんでいした。

3年勤めた新卒で入った会社を辞める

社会人時代に初めて訪れたベルギーのことが好きになり、色んな出会いも経て私は海外へ住むこと、もっと日本の海の外を知りたいと思う様になりました。

ちょうど3年間きっかり勤めたタイミングだったので私は会社を辞める決断をしました。期末の面談時に辞めることを言った時はとても勇気がいったし、勝手に感極まって号泣するという情けなさを露呈したので何とも情けなかったのですが、今はあの時の決断が正解だったと思っています。新卒で良い面や悪い面、そして社会の仕組みを教えてくれた会社では今でも感謝しています。

初めての2ヶ月間のヨーロッパひとり旅

会社を退職した後、2ヶ月間ヨーロッパをひとり旅をしました。2ヶ月間という長期の旅でしたが滞在した国はベルギー、フランス、スペインのたった3カ国。思った以上に移動し続ける日々は疲れてしまったので、ひとつの国にゆっくり滞在していました。ちなみに良かった国はフランスのリヨン、スペインのバルセロナです。

世界には色んな生き方をしてる人がいて、まだまだ自分が知らない事実が途方もなくあり、思っているよりも人生は緩く生きたって大丈夫なことを学びました。

貯めてた貯金をはたいて寿司職人養成学校に入る

ヨーロッパのひとり旅の後、ベルギーへ移住する前に手に職をつけたかったので東京の寿司職人養成学校へ1年間通うことを決めました。1年の費用は何と約180万円。OL時代の貯金がほぼぶっ飛びましたが、もし失敗することがあったとしてもまだ20代半ばだし、仕事を選ばなければやり直しは聞くだろうと考え上京しました。

寿司職人養成学校ですが、思った以上に前半期は精神的にもしんどい瞬間が多かった。ここで気づいたのですが私って何かを始める前は陽気で特に抵抗なくえいやっと飛び込んじゃうタイプなのですが、いざ始まると必要以上に自分を追い詰めすぎて自分で自分をしんどくしてしまうこと。

またどうしようもない程不器用なので覚えるのに毎回時間ががかったことも大変でした。同じ学校の同期の人達にプレッシャーをかけられたのも辛かった。正直この学校での経験は楽しい経験だったのかというと分からないです。社会人を経てからの学校は楽しいに違いない!と期待していたけれど、私は苦しかったことも多かった。

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でも自負する程の絶望的な不器用さを持ちながらも、半べそかきながら毎日を過ごしてたら無事卒業は出来た。今では抵抗無くお魚をおろすこともお寿司を握ることもできる。自分が当事者になることによってもっと食に関して知る事が楽しかったし、自分が生まれた国の伝統技術を深く学ぶことに誇りを持てました。

人生で初めての上京・シェアハウス暮らし 〜1番お金が無い時〜

シャアハウスに入居した時に住居人のフランス人が歓迎パーティーをしてくれた

会社を退職したタイミングで寿司学校へ行く機会に夢見ていた上京も一緒に叶えてしまおうと思い、お金はありませんでしたが東京へ行くことを決意。東京での暮らしにワクワクしていましたが、憧れの優雅な東京暮らし!というわけでも無く…。

お金を切り詰める為に都内のシェアハウス暮らし。学校に通いながらもアルバイトを同時並行していました。時には貯金も尽きて毎回クレジットカードでキャッシングしながら切り抜けた時期もありました。この時は1番お金が無かった時期ですね…。

今思えば社会人を経験してから何かをもう1回学ぶ為に学校へ行く時には、本当にお金に余裕を持っておいた方が良いですね。(当たり前)この時ばかりは私の「まあ何とかなるさ」精神が仇となった瞬間でした。必死に生きていたのでそれもまた今思うと良い経験ですけどね。

シェアハウスでのホームパーティー。私は勿論しょっちゅうお寿司を握ってました

ですが東京での暮らしは本当に色んな出会いがありました。私がずっと地元に住んでいたら間違いなく出会うことはなかっただろう人達。

入れ替わりが激しいシェアハウスで出会った人達から学校関係で出会った人達。そしてアルバイトで出会った人達…。初めてのクラウドファンディングでも多くの方にサポート頂きました。そして大阪にいる家族や友達。

皆んなに支えてもらいながら助けてもらいながらここまで来れた。本当に感謝してもしきれません。東京での経験は今迄の人生で本当に大切で貴重な経験です。

タイ古式マッサージ学校に1ヶ月習いに行く

寿司学校を卒業後、経験を積む為都内で仕事を続けていました。この時に実は実際に自分が描いていた新しい仕事への理想と現実のギャップがあり、自分の気分転換もこめて1ヶ月間チェンマイでタイ古式マッサージを習いに滞在しに行ったのです。

ここでも初めてのことを学んだのでかなり苦戦していて、全てが楽しいわけにはありませんでしたが、色んな年代や立場の人達と出会えて良い経験でした。

そしてベルギー移住。

そして今年の春、私は現在ブリュッセルへ在住しています。今までお金を貯めては何度もベルギーと日本を行き来していた短期滞在とは違い、今回は本格的な渡航なので現地の生活や支払いなど分からないことも沢山あります。

またここまでの人生の流れは決して自分の努力なんてものではなく、ここまでの過程で出会った一人一人の人達に助けて貰って今この道を歩けていることを忘れてはいけないと思っています。感謝を忘れず、今まで歩んできた経験とこれからの経験を元に、見るだけで鼓動がときめく様な情報を発信していけたらと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。